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『骨董屋探偵の事件簿』林田力ブログ書評

  1. 2013/07/27(土) 20:52:04|
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サックス・ローマー著、近藤麻里子訳『骨董屋探偵の事件簿』は骨董屋を営む素人探偵モリス・クロウの活躍を描いた推理小説の短編集である。骨董屋探偵というだけあって事件は考古学的価値のある文物が多い。

『骨董屋探偵の事件簿』の最大の特徴はオカルト趣味である。モリスは霊感によって事件を解決する。ミステリーとオカルトは本来ならば相性がいい。読者は怪奇なもの、不思議なものを求めており、推理小説では殺人事件となって現れる。故にどれほど優れた名探偵であっても殺人事件を阻止することはない。殺人事件を解決する名探偵よりも殺人事件を阻止する名探偵の方が有能であるが、それでは推理小説の需要を満たさない。

だから事件は起きる。それも考えられないような複雑怪奇な状況で。それによって読者のオカルト趣味を満足させる。しかし、その後の展開はオカルト趣味とは反対に進む。名探偵が謎を解き明かし、事件がオカルト現象でも何でもないことを明らかにする。このために探偵は一般にオカルトを否定する科学信奉者というイメージがある。

しかし、探偵を科学信奉者と位置付けることはステレオタイプである。かのシャーロック・ホームズでさえ、オカルト趣味が興隆したヴィクトリア朝の社会背景を無視しては十分に楽しめない作品である。ホームズ自身にも阿片吸引やコカイン注射で、妄想にふける描写があった。

勿論、ドラッグは否定されるべきである。オルタナティブの提唱者にドラッグ容認論者が多いことは事実であるが、それはオルタナティブを市民的支持から遠ざけ、迫害の正当化に結びつく。特に脱法ハーブ(脱法ドラッグ)が社会問題になっている現代日本ではフィクション上であっても薬物への厳しい姿勢が求められる。それ故にホームズに理知的な人物とのイメージを振り撒くことは社会的に健全である。

この点で『骨董屋探偵の事件簿』のオカルト趣味は健全である。モリスはドラッグなどに頼らずに睡眠という健康的な手法で事件を解決する。『骨董屋探偵の事件簿』の中で毛色の変わった短編である最期の「イシスのヴェール」がドラッグによる悲劇と解釈できる面がある点も興味深い。

モリスの捜査手法は探偵としてはチート的な能力である。犯人が物的な手がかりを一切残していなくても事件を解決することができる。事件解決は楽勝に思えるが、多くの短編で事件は必ずしもあっさり解決しない。この点には筋運びの巧みさがある。
http://www.hayariki.net/10/43.htm
モリス自身は自己の捜査手法を「思念の科学」と名付けるが、一般的な感覚では非科学的な捜査手法である。日本で非科学的な捜査手法と言えば思い込み捜査であり、行き着く先が自白の強要である。これに対して『骨董屋探偵の事件簿』は健全である。「十字軍の斧」では容疑者候補は一人に絞られ、グリムズリー警部補は逮捕状まで用意したが、疑いはクリアにならず、探偵に助けを求める。日本の警察ならば自白を強要して冤罪を作り出すところである。

モリスの成果を自分の手柄にして出世するグリムズリー警部補への語り手の皮肉めいた評価も興味深い。日本の警察ならば面子を優先し、モリスのような人物の言葉に耳を傾けることはないためである。

最後にモリスは「ロンドンで最も貧しい界隈の住人」である(216頁)。娘のイシスは高価な宝石や衣服を持っており、貧しい界隈でなければ住めない訳ではない。「再開発で街が綺麗になる」という論理に反対してきた立場にとって、主人公をゴミゴミした庶民の街に住まわせる設定にしたことは歓迎でできる。ゴミゴミした街にこそ生活があり、暮らしの価値がある。
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