容量2GB!アクセス解析&動画ファイルも可能な無料ブログ。アフィリエイト完全対応。
  最新画像一覧   /    おもしろブログが満載! シャッフル ブログ  /     無料登録  

林田力カイロプラクティック

  1. 2012/11/20(火) 21:43:04|
  2. ブログ|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
カイロプラクティック (Chiropractic) は代替医療の一つである。Chiropractic is an alternative medical system. カイロプラクティックは1895年にアメリカのダニエル・デビッド・パーマー(D.D.Palmer)によって確立された。世界保健機関WHOによって認可されている。脊椎調整療法とも呼ばれる。語源はギリシャ語のカイロ(手)とプラクティコス(技術)で、「手技療法」という意味になる。カイロプラクティックの施術者をカイロプラクターと呼ぶ。

カイロプラクティックは手技(アジャストメント)によって骨格の歪み、特に脊椎の歪みを矯正し、神経生理機能を回復し、症状の改善及び健康を増進させようとする施術である。腰痛、肩こり、O脚矯正、坐骨神経痛、ぎっくり腰、骨盤調整、骨盤矯正、姿勢改善などに向いている。一時的な症状の軽減ではなく根本的な改善を目指す。人間の身体は一つの線で繋がっている。 腰痛などの慢性的な不調で困っている方は相対的に身体のバランスが崩れている可能性がある。
http://www.hayariki.net/10/faqindex.htm
カイロプラクティックは東洋医学的な考え方を西洋医学の言葉で説明する治療術である。東洋医学的な考え方とは身体に自然治癒力があるとの考えである。薬物で病気を治すのではなく、神経の働きを良くし自分の体内にある自然治癒力を活用する自然療法である。注射が嫌いな人や薬物アレルギーのある人でもカイロプラクティックは安心である。西洋医学の治療で効果が思わしくない方に試していただきたい手技療法である。


黒川博行『繚乱』書評 林田力 wiki

  1. 2012/11/19(月) 22:32:04|
  2. ブログ|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
黒川博行『繚乱』は不祥事で大坂府警を退職した元警察官(暴力団対策の刑事)を主人公とした小説である。競売屋の調査員になり、倒産寸前のパチンコ屋を食い物にする悪に迫る。

『繚乱』にはウンザリするほどの警察の腐敗、個人情報濫用、業者の癒着が登場する。敵対者側の警察OBは上から下まで悪が揃っている。小物は小物なりに卑劣な悪である。それは現実の警察を下敷きにしたものでリアリティがある。警察を取り巻く闇の深さが理解できる小説である。

主人公も正義ではない。警察の人脈を利用して警察の保有する個人情報を入手し、自分達の調査に役立てる。個人情報不正利用に対して主人公には罪悪感は皆無である。この種の犯罪も現実に起きている。警察不祥事では不祥事そのものの悪質さに加えて警察の隠蔽体質も問題になる。警察組織は仲間内でかばいあい、臭いものに蓋をする。

警察内の監察組織も本来の目的を果たしていない。時の上層部が都合の悪い相手の弱みを握り、相手を失脚させるために機能しているだけである。閉鎖的な組織内の人脈が腐敗の温床であり、外部の人間を入れなければ警察改革は不可能であると再認識させられる。
http://www.hayariki.net/7/26.htm
『繚乱』の特徴は勧善懲悪ではないことである。主人公が悪でも勧善懲悪的なカタルシスとは両立する。純粋には正義とは言えない立場の主人公が巨悪を滅ぼすという筋書きもあるためである(林田力「『白竜LEGEND』第16巻、医療過誤追及でカタルシス」リアルライブ2011年2月 12日)。巨悪を滅ぼすためには主人公側も悪事に手を染める必要があるとの考えも一理ある。しかし、『繚乱』は異なる。小悪が巨悪から掠めとる程度である。そこに警察物のリアリズムがある。

正義ではない主人公を描いた『繚乱』にとってラストは印象的である。因果応報の世界観を実現した。ここでは名前も紹介されないヤクザが重要な役割を果たす。このヤクザの行動は全体的な利害関係からは無意味な行動である。しかし、ヤクザ個人の意地を通した行動である。警察の腐敗を見せつけられた後であるために名もないヤクザの行動に一種の爽快感があり、悲劇的な結末にも妙な納得感がある。(林田力)


人にやさしい街づくりをめざし、宇都宮さんを応援する会

  1. 2012/11/18(日) 19:25:04|
  2. ブログ|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
人にやさしい街づくりをめざし、宇都宮さんを応援する会
(略称・ひとまち勝手連)よびかけ

私達は、「誰もが人らしく生きられるまち、東京」の実現をめざす宇都宮けんじ氏を支持する。宇都宮氏は、「大規模再開発などの支出を見直し、福祉・医療を充実できる財政を確立します」と述べている。これは、私達が以前から求めてきた内容である。
大手開発業者やゼネコンばかりが潤い住民が追い出される再開発や道路建設を続けるか、老若男女が住み続けられる街をめざすか。これは「人にやさしい都政」への大きな分岐点である。
私達は大規模再開発で苦しめられてきた市民である。それぞれの地域でマンション建設反対運動や再開発反対運動、道路建設反対運動などに取り組んできた。私達の問題は東京都政の問題である。
都市再生、規制緩和、国際競争力の強化、オリンピック誘致などの名目で高層ビル建設や再開発事業、道路建設が推進され、私達の莫大な税金が投入されてきた。再開発地域や道路建設予定地の住民は長年居住していた住まいを追い出され、小規模事業者は生業も失った。
開発地の周辺住民は日照阻害や景観破壊、ビル風、自動車交通の増大による通行の危険や大気汚染などの住環境破壊に苦しめられている。街はどこにでもあるような高層ビルとチェーン店ばかりになり、街の個性も人のつながりも喪失した。高齢者が買い物できる馴染みの店がなくなり、買い物難民も生まれている。
このような街づくりを強力に進めてきたのが石原東京都政であった。築地市場の豊洲移転や外郭環状道路、八ッ場ダム、スーパー堤防など、石原慎太郎氏が推進し、無責任に放り投げた問題への対応は、人にやさしい都政への転換の中心となる課題である。人口減少社会の日本に不要不急の大規模再開発はいらない。それは、今暮らしている都民だけでなく次の世代にも負担を強いるものである。

私達は、新しい都知事の下で大型開発優先から人にやさしいまちづくりに転換したい。
東京はよみがえった、東京にいてよかった、と思えるように。
そのための行動にたちあがろう。

■私たちのよびかけに、あなたが「そうだな」と思われる部分があったら、あなたの地域、仕事場、学園などどこででも、あなた自身がまず「○○勝手連」1号になり、あるいはつながり仲間と一緒に「○○勝手連」をつくり、「宇都宮さんと都政を□□に変えよう」とか「宇都宮さんと□□な都政にしよう」とかご自身(たち)のよびかけを発信して、仲間を広げてください。その仲間が、さらに仲間を広げていくように、よびかけて下さい。
■連絡をとりあいながら(連絡網、メーリング・リストをつくりながら)、一挙にこの活動を広げたいと思います。
■11月28日までと、29日(都知事選告示日)からでは、活動の仕方を変える必要があります。添付4枚のうち、「宇都宮けんじさんを応援したい!」を見ると「勝手連で何ができるの?」がわかります。できることを確認し、のびのびと活動を広げていきましょう。
http://www.hayariki.net/8/
2012年11月18日
よびかけ人(アイウエオ順)
新井英明(二子玉川再開発)、金子秀人(外環道)、橋本良仁(高尾の自然を守る市民の会)、長谷川茂雄(都市計画道路連絡会)、林田力(『東急不動産だまし売り裁判』著者)、深澤洋子(八ッ場ダム)、堀達雄(スーパー堤防)
「人にやさしい街づくりをめざし宇都宮さんを応援する会」略称:「ひとまち勝手連」


池上永一『テンペスト』書評 林田力 wiki

  1. 2012/11/16(金) 20:29:08|
  2. ブログ|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
池上永一『テンペスト』は19世紀後半の琉球王国を舞台とした歴史小説である。首里天加那志や聞得大君加那志、ノロなど琉球王朝の言葉が多用され、琉球王朝の雰囲気が伝わってくる。日本では江戸時代の幕末に相当する。日本と同様、琉球王国にも列強の船が出没するようになってきた。

性を偽って王府の役人になる女性・真鶴(仲間由紀恵)が主人公である。頭脳明晰な少女・真鶴は宦官・孫寧温と称して王府に出仕し、薩摩や清国、欧米列強の間に揺れる琉球を救うために活躍する。孫寧温は大奥に相当する御内原(ウーチバラ)にも手を入れ、破天荒な巫女・聞得大君に正体を見破られ脅迫されながらも、最終的には阿片の密売組織を摘発する。当時は現代以上にジェンダーが厳然と存在する社会で、女性が男性になりすますことの緊張感は現代以上である。

一般に琉球は平和的な王国であったが、薩摩藩によって侵略され、虐げられ続けたという固定的な歴史観がある。1993年のNHK大河ドラマ『琉球の風 DRAGON SPIRIT』が典型である。これに対して『テンペスト』では守旧派の頑迷さや王宮の権力闘争など琉球王国の醜い面も描く。その一方で、薩摩藩士に爽やかで良心的な人物を配置する。

米軍基地の大半を押し付けられているなど沖縄の現状を鑑みれば、大和に虐げられる沖縄という歴史認識は基本線として維持すべきものである。それでも琉球王国や薩摩について固定的な歴史観に捉われない作品が登場したことは、それだけ日本とは異なる独自の国家であった琉球王国の存在が当然の前提となった証拠である(林田力「男装ドラマ対決の意外な伏兵、仲間由紀恵のNHK『テンペスト』」リアルライブ 2011年7月20日)。

『テンペスト』で興味深い点は柵封体制を東アジアの国際連合のように捉えていることである。朝貢国は中国に一方的に従属するのではなく、国際社会のメンバーとして外交を展開する。日本では聖徳太子の「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや」以来、柵封体制に入らなかったことを誇りとする傾向がある。しかし、東アジアの国際社会から見れば偏狭な鎖国精神でしかない。NHK大河ドラマ『平清盛』でも中国との貿易によって国を富ませようとする清盛の革新性と体面にこだわって朝貢関係を否定する公卿の保守性を対比させている。

下巻はペリー来航から琉球処分に至る琉球王国の最後を描く。流刑に処せられたネイオンは側室・真鶴として王宮に戻る。ペリー来航の国難に対処するために孫寧温も赦免され、真鶴と孫寧温の二重生活を送ることになる。側室の立場では政治に全く口出しできないところがポイントである。真鶴にとっては才能を発揮できず、それ故に性を偽って孫寧温とにならなければならなかった。
http://www.hayariki.net/7/23.htm
これは女性抑圧的な制度であるが、一方で王朝の知恵でもある。昔から王朝の乱れは王妃や側室の一族の専横にあった。現代でも配偶者の口出しが相続紛争泥沼化の原因と指摘される(灰谷健司『相続の「落とし穴」 親の家をどう分ける?』角川SSコミュニケーションズ、2008年、58頁)。それ故に側室に政治的発言権を持たせないことは王朝の安泰にとって意味がある。

王朝の安泰という点で琉球王国の大きな特徴は聞得大君の存在である。一般に王の姉妹が就任する聞得大君は王国の宗教的権威である。政治的権威と宗教的権威の二元化と位置付けられるが、王宮内では王妃や寵愛を受けた側室を牽制する存在になる。『テンペスト』の大君はふてぶてしい存在で王妃に同情したくなる読者も少なくないだろう。しかし、王妃や側室の口出しが王朝の乱れとなった歴史を踏まえれば聞得大君の存在意義は大きい。


松井優征『暗殺教室』

  1. 2012/11/15(木) 22:43:03|
  2. ブログ|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
松井優征『暗殺教室』は地球の破壊を予告するタコ型の謎生物「殺せんせー」が進学校の落ちこぼれクラスの教師になり、生徒達は日本政府の依頼で教師の暗殺を目論むという漫画である。週刊少年ジャンプに連載されている。

無茶苦茶な設定であるが、読ませる内容になっている。私立椚(くぬぎ)ヶ丘中学校は進学校であったが、3年E組は落ちこぼれ生徒を集めたクラスである。E組の生徒達は様々な面で差別され、自信喪失していた。「殺せんせー」は立派に教師をしており、E組の生徒達も向学心を取り戻していく。

『暗殺教室』の特徴が「殺せんせー」の特異なキャラクターにあることは言うまでもない。加えて落ちこぼれクラスの生徒達を普通の子ども達としている点も大きな成功要因である。かつては落ちこぼれと言えばヤンキーと決まっていた。しかし、ヤンキーでは読者は感情移入できない。ヤンキーは他の生徒に迷惑を及ぼす有害な存在である。むしろ落ちこぼれクラスに隔離することが正しい教育施策と受け止められかねない。

また、ヤンキーの更正物語は使い古された筋書きであり、新鮮味に欠ける。もともと日本社会はヤンキーという迷惑かつ恥ずかしい存在に対して寛大過ぎた。ヤンキーには荒れるだけの原因や理由があるかもしれない。それ故に非行を理由にヤンキーを退学処分にすることが教育者として責任放棄であるかのようなナイーブな論調も出てくる。

しかし、ヤンキーに荒れる原因があるとしても、ヤンキーが暴走行為などで他人に迷惑をかけることを正当化する理由にはならない。他の生徒の教育環境を維持するという視点に立つならば、ヤンキーの事情を無視して問答無用に排除することが教育者として正しい解決策になる。
http://www.hayariki.net/7/50.htm
他の生徒の迷惑を省みず、教育者にヤンキーの抱える問題に向き合わせることを期待することは、ヤンキーの甘えであり、自己中心主義である。相手がヤンキーだからといって、相手に一目置き、相手の心情を理解して向き合わなければならない理由はない。むしろヤンキーの暴言を逆手にとって硬直的な対応をした方が、ヤンキーに甘えを自覚させることができる(林田力「AKB48「カチューシャ」PVで教師役の篠田麻里子の教育的センス」PJニュース 2011年6月3日)。ヤンキーは甘ったれでしかない。周囲がヤンキーの苛立ちや不満を汲み取って温かい目で見守ることは完全な誤りである。

『暗殺教室』の落ちこぼれクラスには問題児はいても、ヤンキーはいない。後の修学旅行編で登場した他校生徒のようにヤンキーは徹底的に外道に描かれている。残念なことに日本のエンタメでは恥ずかしい存在であるヤンキーを持ち上げる作品も少なくないが、『暗殺教室』は異なる。ヤンキーを排除する健全な道徳観が背後に存在することが、一見すると反道徳的な『暗殺教室』を楽しめる要因である。


書店リンク

アマゾン | 楽天ブックス | ビーケーワン | 枕石堂 | Yahoo!ブックス | JBOOK | livedoor BOOKS | オンライン書店e-hon | Neowing | ジュンク堂書店 | 紀伊國屋 | HMV | TSUTAYA | セブン&アイ
前のページ 次のページ